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For The Ghosts of Oswiecim
Matthew Walsh
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昨年、英語教育の研修を受けに行ったポーランド・クラクフの近くに、あのアウシュビッツがあると聞いた時、ある種の不安を感じました。そこへ行って何もか もを見るべきだ、という思いと同時に、慣れない国での研修の忙しさの中で、アウシュビッツの持つ重さを精神的に負えるかどうか、と自信がなかったからで す。しかしまた同時に、自分がひとりの人間として、人間がおかしうるもっとも残虐な悪をまっすぐみつめなければならないという責任を感じ、やはりそこへ行 かなければならない、逃げられない、という思いがますます強くなりました。

よく映画などで、ドイツは極端に悪役で鬼みたいな兵士がとにかくひどいことをする場面をよくみますが、いつの時代もずっとそういう状態であったはずがあり ません。つまり、ある国の人々が全員一度に狂って悪い方向に突き進んだということではなく、誰でもがその時代、その社会に住んでいたとしたら、おそらく気 付かぬ内にその悪い流れに加わってしまう可能性があると思っていました。たった一カ月の滞在で、それを引き起こした複雑な状況はわかりませんでしたが、実 際に色んな人としゃべっているうちに一つおもしろいことがわかりました。ポーランドの政府は、アウシュビッツの被害者がほとんどユダヤの人たちであること をあえて強調しません。ましてアウシュビッツ博物館のなかでも、ユダヤの話はあまり提示していませんでした。これはポーランド、そしてヨーロッパ全体をお そった悲劇、そしてそれを引き起こした考えはAnti-Semitism『反ユダヤ主義』ではなく、Racial Mania『人種マニア』であるということ。つまり同じ国民であってもだれが『何人』なのかを政府レベルで必死に調べていたということ。アウシュビッツの ある建物のすべてにはジプシー『Sinti, Roma』のことが書いてあって、強く印象に残ったのは白衣を着た医者らしい人が普通の人の目からあごまでの長さを計ってジプシーかどうかを判定しようと していた白黒の写真です。これをみて思い出したのは、日本の役所が人の祖先を調べて、私も経験した事があるが指紋をとられて「あなたは外国人だ」というこ とを証明するカードを発行するシステム。Sinti とRoma(ジプシー)の人々はカードを発行された後、去勢手術をされて、最後はガス室に入れられたが、日本の政府はこのカードを発行して何をするつもり でしょうか。日本の政府は誰が『何人』であるかをいつまでたっても調べ続けて、それで一体どうするつもりでしょうか。結局は日本の政府もナチスドイツと同 じ『人種マニア』ではないでしょうか。そして政府だけでなく日本の普通の人たちも、気付かぬ内にそういう悪い流れに加わってしまってはいないでしょうか。 どの政府も、誰が『何人』であるかのデータを集めるべきではないと思います。なぜなら、そのデータがどういうふうに使われるかが問題だからです。昔、私が 少林寺拳法を習っていた京都のある寺で、こういうことがありました。その寺には何百年にもわたる檀家のデータがありましたが、ある時、少林寺拳法の先生で ある住職が、その膨大なデータをすべて燃やしてしまいました。そのデータには歴史的な差別があると判断した結果です。この寺の住職のように、政府レベルで すべてのデータを燃やしてしまうことはできないものでしょうか。

  Sinti-Roma(ジプシー)の建物を出て次に向かったのが、ドイツ軍が強制収容所の本部として使っていた一階建ての木造ビルでした。その横のグラウ ンドには『死の壁』といって、みせしめの銃殺刑が行われていた壁がありました。壁の前に人を立たせて銃で打つのですが、ナチス兵のほうに玉が跳ね返らない ようにぶ厚く作った『死の壁』が、今でも丈夫に立っていました。何気なく、イスラエルの学生の団体が建物の中へとゆっくり入っていくのを見ている内に気が 付いたのは、その壁の前にいる二人のおじいさんでした。二人はお供えの花を何度も置きかえたり、ろうそくを立てたり、静かな声で話したりしていました。彼 らはきっと友人や家族をそこで亡くされたのでしょう。これはもはや映画や歴史ではなく、目の前にいる人間の人生を大きく悲しく変えた現実の出来事なのでし た。一緒に研修を受けていた友人から、『アウシュビッツの芝生は世界のどこの芝生よりも緑なんだよ』と聞いていましたが、なんとなくそのような感じがしな いでもなかったです。そしてもう一つの事に気付きました。鳥の声がまったく聞こえない。なぜでしょう。。。聞こえてくるのは、爽やかな風の音と、祈る二人 のおじいさんの声だけでした。

 建物の中に入って地下に降りると、いくつかの独房がありました。それらは特別の拷問部屋です。そのうちの一つの記念碑を読むと、カトリック教の神父が町 でアウシュビッツの被害者問題に反対する話をしたのでこの独房に入れられ、餓死させられた、とありました。また別の牢屋には、レンガで作られた約70cm 四方の狭い囲いが幾つか並んでいて(立牢)、囚人はその囲いの中で立ったまま一晩過ごしてから次の日は他の囚人と一緒に強制労働をしなければなりません。 座ることも寝ることもできない夜を過ごし、昼は重労働の連続で、たくさんの人が犠牲となりました。

 次に向かったのが、別の建物の例のガス室。建物に入る時さすがに不安になって、ちょっと抵抗感がありました。ガス室に入った時、私は幽霊がいるかどうか 考えました。そして彼らがもしここにいるとしたら、彼らは怒っているのか、困惑しているのか、苦しんでいるのか。目を閉じて自分の心の声をきいてみまし た。ところが感じたのは、とても涼しい、やさしい、歓迎、ひょっとすると感謝のような気持ちです。ふとおもったのは霊たちは、わざわざここを訪れてくれる 人たちによって、なにかよいことが起きるかもしれない、だから訪れる人たちに感謝していると。たとえ、彼ら自身の事ではなくても、私たちがこういう事を考 えることによって、また別の悲劇が起きないように心を配り、手遅れにならないうちに気付くことができる。それとももしかすると、彼らには私が“教える人” だということが見えていて、私がきっとなんらかのかたちで彼らの話を人に伝えるだろう、だから私に期待して感謝しているのかも、と思いました。そしてその 時、私は彼らにほんのすこしでもそうしていく事を誓いました。

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